2012年4月 4日 (水)

満州鉄道の旅

満州のイメージは、果てしない大地と沈む夕陽を、これまで幾度となく読む戦記や大地の子というドラマを見て持っていました。同時に、満州と言えばこれまた、広大な平野に力強く走る蒸気機関車!というイメージを持っておりました。

そんな憬れの地に行くチャンスを、お付き合いのある大家さん(北京留学経験のある中国語の達人?)からお誘いを受けました。これは!とばかりに、超繁忙期にも関わらず5泊6日の鉄道の旅に行ってきました。

まずは大連・・・ここはNHKでやっていた坂の上の雲?のときに出てきた日露戦争の舞台であります(正確には隣の旅順ですが) 現在では中国一のモデル学校があるとかで、美人が多いとの前評判でした。が、街を歩く女性は確かに背が高い人は目立ちましたが、美人には程遠いような方が殆どでした。この街の特徴は、マッサージが安く受けられることで、1時間で60元(7~800円程度)程度です。ただし、気をつけないと危険なマッサージに(男性にとってだけ)なることもあるようです。

次に向かったのは瀋陽~車窓の風景は雪が薄くところどころ残り、凍った河と、みすぼらしい家屋が点在する、人気がまったくない畑が寒々と一面に広がっていました。瀋陽の町は古くからの町ですが、現在は高層ビルが立ち並ぶ近代的な街でした。街中を歩く人たちもどことなく洗礼されており、服装だけをみればここは中国?って感じでした。夜は、現地の人しか立ち入らない串焼きの店で、ビールを十数本空けていた3人連れの若い女性たちと仲良くなりました(よい思い出)

2012年2月16日 (木)

商売って一番大切なものは・・・・

041 042 商売に限らず人生で一番大切なものは健康!!当ったり前ですよね・・・・お金で買えないものかも知れませんが、お金で買える場合もあるって話が今日の人間ドックの話です。

定期的に受けててきた筈の人間ドックを近年サボってました・・・・胃の痛みでこれは?って心配になり、まずは胃と腸の内視鏡検査を受けました。胃と腸を空っぽにする作業は大変ですが、検査そのものは眠っている間に終わってしまうもの・・・・今回も1,2,3で眠ってしまい、目が覚めましたか?の声を聞いたら、既に検査は終わっていました。結果は問題なし・・・ちょっとほっとしました。

日を改め今度はPET検査と脳ドックを和白病院で受けました。丸一日掛る検査でしたが、太りすぎを示すデータはバンバンありましたが、がんやその他深刻な病気はなさそうでした。一緒に行った方は紹介状を4枚も貰ったと落ち込んでおりましたが・・・・・

2012年1月14日 (土)

クウェイ河鉄橋(カンチャナブリ)初通過!!

(前号より続く)

タイ北部のツーリングを終え、首都バンコクに帰ってきました。

今度はバイクに代わり、バスと列車での旅です。戦場に架ける橋という映画で有名な、カンチャナブリというバンコクから、バスで2時間列車で4時間の距離にある街へ行きました。

ここは20年近く前に、今回同行したKさんらと、前勤務していた会社の慰安会で来たことがあります。ホテルから10人程度の人間がタクシーに乗り、列車の発車駅だったトンブリー駅に向かったのですが、私と別のタクシーに乗った人間が駅でいくら待っても来ません・・・ついには発車の時刻になり、仕方なく我々は列車にのり数時間かけてカンチャナブリに到着・・・そこにはなんと乗り遅れたメンバーが立っているではありませんか!!

相当驚いたのですが、よく調べると距離は100KM程度、その距離を列車は4時間もかけて走った訳で、乗り遅れた連中がそのままタクシーに乗ってぶっ飛ばせば、軽々と列車の追い抜くことは簡単だった訳です。確かタクシー代は日本円で1500円程度だったかと・・・ちなみに列車は30バーツ 90円程度だったのでは。

もうひとつの思い出は、メンバーの一人が、川の上のレストランで食事をした際に、食べ物が辛いせいでしょうか、ビールをがぶ飲みし悪酔いし、帰りの駅で、温厚なタイ人の駅員を激怒させてしまった事です。なんとかとりなして事なきを得ましたが、当時観光客も少ない田舎のタイですから、何があってもおかしくない、ちょっとひやっとしましたね。

今回は温厚な人間ばかりでしたからそんなことはなく、ここクワイ河にかかる鉄橋を渡り、当時ビルマに向けて過酷な建設が、日本軍と捕虜たちによってなされていた鉄路を、ゆっくりと走るものでした。

途中、片側が川、片側が絶壁という狭いところを、列車はゆっくりと進んでいきましたが、当時からのものなのか、かなり線路やその架台はガタがきていて、通過するごとにミシミシと音をたてるのが不気味でした。Dsc00999_r Dsc01008_r Dsc01018_r Dsc01007_r

2012年1月12日 (木)

ラオス初入国!!

(前号より 続く )

午前中バタバタとミャンマー国境の町を見て回り、イミグレでは問題なく預けていたパスポートを返してもらって、ほっと一段落! 

今度はラオス国境を目指すべく、バイクをチェンコーンという国境の町へ向け飛ばしました。メコン川沿いの道はアップダウンはあるものの、舗装はきちんとしており、タイの田舎風景を楽しみながらのツーリングとなりました。チェンコーンは小さな町で、ラオスへ渡る港を探しましたがすぐには見つかりません。やっと見つけた港は、港と呼ぶには無理があるような小さな桟橋しかありません。 船も小舟で、川べりから直接濡れるのを覚悟で乗り込む代物です。20バーツ程度の切符を買って、対岸のラオスのフェイサイまでわずか5分?程度の短い船旅です。

対岸のフェイサイは、小さなイミグレと商店が少しあるだけで、なんにもない所です。商店でタイバーツで飲み物を買って、小高い丘の上にあるお寺に参拝しました。ミャンマーと違って、ラオスの人々は、どっちかというと彫りは深くなく、田舎のせいもあるでしょうが、平凡なアジア人という感じでした。ただ、田舎の感じ、風景がなんか昔の日本を思い出させるような気がしました。いつか、ラオスもじっくりと旅をしたいなと思いました。Dsc00910_r Dsc00927_r Dsc00919_r Dsc00912_r

2012年1月10日 (火)

ミャンマー初入国!!

(前号より続く・・・といっても前号は去年5月だったか??)

ホテルをバイクで出発~今日はいよいよ今回の旅の一つの大きなテーマである、ミャンマー国境をわたるのである。国境にイミグレがある陸路の国境越えは、アフリカにいるときに、タンザニア~ザンビア~ジンバブエ国境を越えて以来であろう。当時のアフリカの国境越えは、なかなかスリリングで、警官から公然とワイロを要求されたり、イミグレ係官の意地悪に切れて大喧嘩になったり、とにかく緊張の経験しかない・・・・。よって、今日もそんな展開が予想されるかも知れないと思うと、緊張感が走った。

無事にタイ側の国境の町メーサイに到着、バイクを盗まれないような商店の前に停め、パスポートと手荷物をもって国境へ・・・・タイ側の出国はなんの問題なくパスそれから歩いて100mほどのミャンマー側イミグレへ(ここはまだ当時軍事政権で、係官もなんとなく怖い!)ワンデービザ発行手数料5usドルを払って、なんとパスポートを預けて入国!いやな感じがしたが、仕方ないので言われる通りに預け、書類をもらって無事にパス!なんてことない国境越えでした。

ミャンマー内に入ると、タイでトクトクという三輪車があるが、あれをはるかにボロにした、二輪バイク(おそらく50ccから70cc位の原付)に荷台を取り付けたものに乗って、国境近くの観光に回ることにした。代金は3人で200バーツ(500円位)、合計4人が乗ったバイクは、なんと今では珍しいミッション副変速付き、坂道をフルスロットルで上がるも、人間の歩きと大差ない感じ・・・・・乗っているのが気の毒な位の乗り物でした。

最初に案内されたのは、丘の上に建つミャンマー風寺院、中に入るとさっそく何名かの女性が現れ、頼みもしないのに勝手に境内を案内してくれます。ここは曜日の仏様だそうで、おまえは何曜日に産まれたのかと聞く・・・・干支はしっているが、産まれた曜日は知らない。テキトーに答えると、それに対応した仏様の前まで連れていくと、参拝の作法を教えてくれた。それに加え、日傘をさしてくれ、それも歩いている間中日傘をしてくれる大サービス!!それに付いて回る中学生くらいか、高校生くらいか、可愛い女の子まで一緒に回ってくれるんです。

そして最後に、彼女からの親切の理由が判りました!!お土産を売っているんです・・・可愛い子に免じて(というのでしょうか?)、一杯お土産を買いました。

それにしても、ミャンマーの女性は彫りが深く、仏像のような顔をしている人が多いと感じました。色黒の精悍な顔つき・・・・・タイとは違った美しさを私は感じました!(次号に続く)Dsc00872_r Dsc00887_r Dsc00898_r Dsc00900_r

2012年1月 7日 (土)

新年明けましておめでとうございます!!

今年は辰年・・・昇龍で、商売的には非常に縁起が良いらしい・・・・・期待しますね!

日頃から、困った時の神頼み仏様頼みで、どんな所へ行っても、キリスト教であろうがイスラム教であろうが、真剣にお願いごとをするのです。商売繁盛から、家内安全、子供の無事成長祈願・・・・・最後には世界平和とその地域の平和まで、ありとあらゆるお願いをします(よくお参りするお寺の住職様より、神仏には多くのお願い事をした方がよい遠慮するな!と言われたものですから)

今年の初詣は、タイ仏教でしょうか??バンコク市内で庶民のお参りが一番多いと言われている、サイアムにあるエラワンプームです。なにやら隣のビル工事の際に作られたようですが、工事で一人もけが人が出なかったとか・・・・・その後お願い事をよく聞いてくれるということ、特に宝くじをよくあててくれるということで、地元の人のお参りがひっきりなしです。お線香とろうそくとお花のセットで20バーツ(50円程度)・・・・奉納の踊りも有料でやってくれます。092 064 093 094

2012年1月 6日 (金)

年末年始は・・・(年に一度?の骨休め)

日頃休みなく働いていると、たまには骨休みが必要です! 近年の骨休みはもっぱら海外脱出と決めています・・・・それは、殆ど仕事の連絡も来ない、仕事しようにも環境がない、ということで、海外に行けば強制リセットがかかり、本当にリラックスできます。この時間のために仕事をしていると言っても過言ではありません。その中でも、お気に入りはやはりタイです!暖かいし、治安は悪くないし、物価は安いし、そのうえねえちゃんだけではなく、兄ちゃんも綺麗なんです。

今回旅の大きな目的の一つは、パタヤのニューハーフショーを見ることでした。バンコクにもショーはあるのですが、内容・ニューハーフの綺麗さでは、パタヤが圧倒します。あのはるな愛ちゃんが優勝したのも、パタヤのティアファニーで行われる世界ニューハーフコンテストなんです。彼女?はきっとスポンサーその他の関係で優勝したのだと思いますが、タイのニューハーフは本当に綺麗!!ショーをみてると特にそう思います!ただ、横に並ぶと背の高さが気になることはあります・・・・・。Dsc02731 Dsc02795 Dsc02791 Dsc02782

2011年12月21日 (水)

ボロマンションのリノベーション(シリーズ2回目 第1章)

リノベーションと大げさに書きましたが、もっとも手軽に?安価にやれるリノベーションは・・・・・そうビル名を変えることです。内容がわかる名称、地名がついている名称等は、ちょっとボロマンションのリノベーションには相応しくないように、個人的には思います。

今回の物件名は、和白サンシャイン・・・・聞いただけで古ーい感じですし、弊社管理物件の名称(サンシャイン大池)ともかぶりますので、ここは思い切って新しい名称にすることにしました。

物件所在地は、以前は白砂青松の地で、和白松原と呼ばれ、博多湾側には和白干潟が広がっており、野鳥の楽園となっています。以前は、潮干狩りといえばここ和白に来ていたものですが、今はどうでしょうか? 当物件からも海が見えることから、グランブルーアクアと名づけました(本当は、以前購入しようと燃えていた物件が青い綺麗なタイル貼りだったので、購入もしないうちから、その不思議な青さのイメージから、グランブルーと名づけようと思っていました・・・・残念ながら融資がつかず断念しましたが、その名前を流用した形です!でも海も見えることから、アクア(水)を付け加えました。

どうでしょう? ビルは全く変わっていないのに、名称が変わると、不思議に少しは良く見えてしまうのは、私だけでしょうか?(次号に続く)Img10

2011年12月17日 (土)

ボロマンションのリノベーション(シリーズ1回目 序章)

Dsc00212 小さい頃から、中古とかボロというものが好きだったように、今考えると思います。以前も書きましたが、小学生の頃から、解体屋という金属回収業に出入りして、廃車のバイクを安く購入し、改造し乗りまわしていましたし、成人になっても、古いバイクや車があると、周囲の方は私に必ず声を掛けてくれました。廃品回収業やねって家人からも馬鹿にされておりましたね。

古いものには、新しいものにない魅力がありました。ひとつめは、古くなっても元々高価であったり、高級仕様のものが、安く手に入るし、その品質感は古くなっても変わりません。ふたつめは、これが一番重要なんですが、自分で好きに改造できたり、分解できたりすることなんです。そうやって、機械類の技術的なものをすこしづつ習得できることが、最高に楽しいと感じるんです。その結果、動かないものが動くようになる、使えなかったものが使えるようになる・・・・それも新品を買うよりずっと安価に出来るとなると、それはそれは嬉しいものです。

そんなんで、老人になった今も、ボロなもの(マンションやアパート)を買ってきて、修理(リフォームやリノベーション)するのが好きなんだろうと思います。

今回ボロマンションがすこしづつ綺麗になっていく(はず)過程を報告したいと思います。対象物件は、100戸以上の大型ボロマンションです。(次号に続く)

社員旅行に行ってきました(会社設立10周年記念)

043 012 001 021 025 会社を設立して、はや10年・・・・色んなことがあり、長かったような、短かったような・・・。いろんな事業にトライし、手さぐりで何とか10年生き延びたという実感!!会社には手作り感が一杯です・・・現実に目を向けると、問題点は山積していますが、10年続けられたということは、成績は悪くても1年間休まずに学校に行きました!みたいな皆勤賞くらいには値するのでは??

ということで、ちょっとしたご褒美としてタイのバンコクに社員旅行を計画していましたが、ご存じの大洪水で急きょ中止、行き先をクリスマス電飾が美しいソウルに行ってきました。

HISのツアーに参加したのですが、ガイドは不細工且つ愛想が悪く、行く先々の世界遺産は素晴らしいものでしたが、ガイドの説明レベルも低く、その上に社員の多くは韓流ドラマでの予習が出来ておらず(1名を除き)、どこみてもふーん!という感じでした。

自由行動では、各自恐る恐る街に出かけ、プチ冒険をしていたようです・・・南大門の屋台では全員で、韓流ドラマの1シーンのように、焼酎をあおりました。

各自あまり興味が無いので、お金と時間の無駄との指摘もありますが、社員全員に世界を見てもらい、そのうえで自分の住んでいる日本や福岡そしてこの宗像の地がいかに良いか、自分たち日本人がいかに恵まれているか、肌で感じ取ってもらい、そのうえで日頃に業務や日常生活に生かして貰えれば・・・・・・・と、自分の体験を押し売りしたいと思ってます。

来年も、何か記念日を作って、また海外に行きたいと思います!!